2010年5月6日木曜日

なぜ鳩山さんちはお金持ちなの?

麻生元首相がお金持ちってのはなんとなく理解できる
創業130年という古くからの炭鉱主
今も炭鉱は潰れてもセメント会社を中核とする福岡を代表するような企業だ
そして彼自身が社長をやっていたこともある

だけど鳩山首相ってどうしてお金持ちなのか?
不思議に思う人はいないのだろうか?
何代も続いた企業の経営者?....違うよね
おふくろさんがブリジストン創業者の娘だから?
確かに彼女は資産家だがそれ以前から鳩山家は資産家だ

で、色々探してると面白い話が出てきた

鳩山首相の曽祖父和夫は外務省の役人だった
1886年の長崎事件(清国北洋艦隊の水兵たちが起こした暴動)の対応で知られる人
穏便に清国政府の顔を潰さない方法で事を収めて(それ故日本の反清感情に火をつけ日清戦争の火種となったわけだが)相手方の清国政府から勲章をもらっている
そののち衆議院議長、早稲田大学総長を勤め清国学生部として多数の中国人留学生を受け入れるなど中国との関係が深い
その関係だろうか、その息子の一郎は政友会の当総務部長時代に張学良と停戦交渉の担当者となっている
その過程で張学良から多額の金銭を受け取ったと後の調査で判明
寺田栄の娘を妻に貰い大アジア主義の薫陶も受けたろう
ま、ここまでで戦前戦中
極めて強い中国とのコネクションを持ち、一部にしろ中国からの資金提供も受けていることは事実
其故に戦後対米重視の吉田茂に対抗して中国重視の方針を打ち出すわけだが、これはまた脇道
終戦直後に再びドでかい金の話が鳩山家に降りかかってくる
児玉機関というものをご存知だろうか?
戦後最大級の大物右翼、フィクサー児玉誉士夫
彼の率いた児玉機関は主として軍費調達のための組織
終戦時、彼の手元には10キロほどの大量のダイヤ、プラチナがあった
金額にすると当時の価格で200億(今だと7兆円)
ま、ああいう人種だけに自伝に書いてある内容は自分を大きく見せるためにでっかいことを書くもんだ
ただ、それが話半分、いや1/100としても膨大な資金だ
この金を児玉は終戦で児玉機関を解体後GHQに目をつけられまいと海軍大臣に持っていく
ところが海軍省は解体の真っ只中
行き場の無くなった児玉のダイヤに目をつけたのは当時鳩山一郎を担いで政党を立ち上げようとしていた辻嘉六
彼の勧めに応じて半分を政党資金として差出し、そのうちの7000万円(今の金額で250億円)を鳩山一郎に個人的に提供したと言う
(残りの半分は結局GHQに没収された)
このあたりの経緯はどうも眉唾モノだが後に保守合同で自由民主党が成立した背景に児玉の資金があった、というのは金額は別にしてどうも本当らしい
児玉が吉田茂の自由党では無く鳩山の民主党であったのは児島が後に右翼として名を馳せることになった彼の思想によるものだろう
民主党は中国と関連が深く大アジア主義を唱えてる(根っこは)民族主義、反米主義の鳩山や石橋湛山、岸信介などにシンパシーを感じていた故であろう
さて、この時政党の設立資金(にしても多すぎる)資金はどうなったのか?
再び児玉の自伝に戻ると、後に鳩山自身に金の使い道を問いただしたこともあったようだがきちんとした説明も無くうやむやにされてしまった、という
この資金提供のあった時期に一郎の息子、威一郎による都内や軽井沢の土地の買収(1993年の相続時評価額125億円)や、はっきりしないながらも新円切り替えにあわせて大量の株式取得が噂されている
もちろん政党資金として提供された金の殆どは政党資金として使用されたろう
戦後長く続いた55年体制は社会党が騒ぐ度に大量の裏金が自民党から社会党に渡されるというマッチポンプ野党の時代だった
これを維持していた大本は自民党の党としての巨額資金故であったともいわれている
ただ、全てが?と思うのだ
まとめてみよう
日清戦争前後:清国とのコネクションによる裏金?
日中戦争時代:張学良政権との関係による裏金?
終戦直後:児玉機関から流れ込んだ政党資金の着服?
これら各時代に鳩山家に莫大な富が集積されたのではないだろうか?
もっとも現在公には鳩山一郎の安子婦人のブリジストン創業者一族であるが故の資産と代々政治家一族としてすこしずつ貯めていた不動産をはじめとする相続資産(評価額125億)が全て、ということなのだが....
ただ、代々やっていたからといって百億円以上も金がたまるほど普通にやっていれば儲かる職業ではないのだけどね
銭ゲバで知られる党主席も4億程度の不動産取得資金の出所がはっきり説明できなくて苦しんでいるのだから

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