今日「週刊金曜日」の中の人とちょっとだけTwitterでお話
「週刊金曜日」といえばかつて筑紫や鳥越などバリ左翼系ジャーナリスト(笑)の巣窟
一時期はかなりメジャーだった(今は定期購読中心)言論系雑誌だ
9万人集会と言うけど本当に9万人集まったのかい?
労組や市民
団体による全国からの動員で必死になって集めただけじゃないの?ってのが最初
テレビでもたいてい後方やステージからの映像が多いから人で一杯に見えるけど上空からの空撮だと結構がらがら
林立する黄色のノボリは労働組合
第一会場の面積から見てギュウギュウに入れても最大で1,2万人が精一杯
ズラッと並んだ観光バス
労組動員でせいぜい1万人弱が本当じゃないの?って
以前も11万人集まった!と言われる集会でカウントしてみると1万人強だったよね、って
警察発表の数字も言わなきゃ「9万人集会!」って報道するのもどうかなぁ
それに対して中の人の話だと
「読谷の会場は、宜野湾の会場と比べて那覇から遠い上にアクセスが悪く大渋滞。また「清明」と重なった人たちも多いので、単純な比較はできません。」
「警察は発表していません。いつもするとは限らないですね。警察にしたって一人ひとり数えているわけではないし。人数よりも、全市町村長(代理2人含む)と知事、各議会が参加して沖縄ぐるみの大会になったことです」
とまぁ、どうも前回の公称11万人集会(実数1万人強)よりかなり少なかったのが実態のようです
色々と「人数の問題じゃない」って言い張ってる割には報道じゃ人数強調してるでしょ?って俺の意見には
「それは、そう強調しているマスコミの問題ですので、私はコメントしません、と岡田外相みたいにつぶやいてみる退社直前」とのこと
いや、あんたもマスコミなんだがね....
しかも限りなくこの集会の中の人に近いし
チンパンジーが死んだ子供を生きているかのように扱うのが発見された!っていうんで報道
あれ?ニホンザルでは普通に見かける行動だよな、なんて思ってたんだけどね
Twitterでこういう指摘
ニホンザルはMonkeyであってApeじゃないじゃない?って
そか、英語圏(ていうか欧米)ではサルと類人猿は別の生き物なんだなって
類人猿のように高度に発達した脳をもつ生物で、ってのがキモなんだろうけどさ
よく日本語だと「人間はサルが進歩した」っていう言い方あるじゃない
(実際には同じ祖先を持つ、だけど)
あれって英語だと明確に区分された「人間は類人猿から進歩した」なんだよね
「猿から進化したわけじゃないぞ!」って怒られそう
自然科学の分野でも言語によって学問的な意味合いが左右されるんだなと納得
Twitter原理主義者ってのは結構多い
で、彼らが敵視するのは2ch、次にmixiかな
テレビのTwitter特集もたいていこのTwitter原理主義者の主張がベース
上杉とかね(ま、俺もフォローしてるんだが)
ところがこれ、デマや嘘が飛び交う
なにより140文字だから細かな話は無し
検証も無しでただただ信じるのみ
2chで言われるような情報リテラシーに関しては甚だ脆弱なまま議論が行われる
それこそ「半年ROMってろ」はTwitterでの議論にこそ必要
特定の話題に関して継続的な議論を妨げるのもTwitter独自のTL(TimeLine)という考えかた
それぞれの発言者はそれぞれが選んだ(フォローした)人に関わる発言しか読めない
従って1対1では無く複数での議論を行うにもそれぞれの発言者が見ている流れ、意見はそれぞれで異なる
このため自分の意見をただ発言しあうだけで反証や検証されることも無い
Twitterはあくまで「つぶやき」が基本
ネットの全てを超越した万能のコミュニケーションツールだという意見はまったく考慮する価値はなし
ただ困ったことにTwitterはその特性上、有名人、権威ある人との直接コミュニケーションが可能(のように見える)
実際はリスト機能を作って管理したユーザのつぶやきしか読めないようになっているのだけどね
それが見えない個人にとっては彼ら有名人、権威者の意見をありがたく拝聴する形になる
2chや個人ブログで成立した「肩書より発言」という評価基準はいささか弱い
従来のマスコミの評価基準がそのまま持ち込まれるメディアだと言える
それゆえ、テレビでも(肯定的に)特集を組むことになるのだけどね
さすがに2chはいくら巨大化しても肯定的にマスコミに取り上げられたことはないけどね
ここ半年ほど日記の更新が滞っている理由の一つがTwitter
政治経済ネタの多い私にとって硬い話題の日記になんの反応も来無いのも少々悲しい
自分から働きかける事も無いからマイミクの数もここ数年変わらず
Twitterなら適度に反応もあるしマイミクと違って相手の承諾得ずにフォローしたりされたりで書き込みを読む人=フォロワーも結構な数になる
なんて訳で最近はmixiサボリ気味
Twitterやってる方いればフォローさせて下さい
私のアカウントはkatchon
森田屋勝兵衛で登録しとります
道州制導入時の地銀の進むべき方向、といった感じのお題をメッセージでいただいた
やたら狭く絞り込んでるところから見ると大学のレポート課題か?
私は金融機関に関しては全くの素人
知らんぷりしようかと思ったが「レポートならわざと提出期限遅れで日記として書いてみよう」なんていやらしさ満開
あくまで私見ね
まず道州制導入が金融機関に与える影響は何かを考えてみる
現時点であちこちが出してる試案を見てみると基本は現状の都道府県の広域版
現状の権限を拡大して予算面での裏付けを付けるというところ
米国などのように外交、安全保障以外の広範囲の権限を持った州政府の連邦、といった方向は目指しているようには思えない
という事は金融機関に対して州ごとの免許制になる、なんて事は考えにくい
おそらく道州制導入も金融機関にとっては単純に都道府県の合併、拡大と考えればいいのではないか
次に現在の地銀の経営上の強みはなんだろう
なんといっても地方公共団体の指定金融機関として地域経済にしっかりと食い込んでいるところ
ほとんどの大手企業が東京や大阪に本拠をおき、地方経済では圧倒的に行政の比重が高いのはご存知だろう
従って行政と独占的に取引出来る指定金融機関であることはその地域に限定した場合、圧倒的に金融機関として優位といえる
この優位性を元に地域に密な拠点、営業網を築き半ば独占的な地位を占める
かつては県庁所在地ながら都市銀行の支店が存在しない地域もあったほどだ
実のところ金融機関のヒエラルキーはメインとするテリトリーの広さとそれによる取引高により成り立っている
東京や大阪といった経済力の大きな地域を中心に全国レベルで営業網を展開する都市銀行は地域地域の小口取引を「捨てる」事によって大企業との大口の取引をその営業基盤としている
逆に地域を限定した中規模企業との(相対的に)小口の取引はコスト的に見合わないものとして放棄しているのが現状
そしてその取りこぼした地方経済を対象に取引を行うのが県単位の地方銀行であり市町村単位での信用金庫、信用組合となる
ここまで書いてきて最下層である信用金庫、信用組合と都市銀行のごちゃごちゃを書きたくなったが我慢我慢
話を戻し、こういった状況下で最初に言った道州制の導入が行われるとどうなるだろう
地方銀行の強みである地方公共団体=都道府県との独占的関係は確実に崩れる
いくつかの都道府県が統合されるわけだから指定金融機関が複数になる
それらの間での競争の結果脱落する銀行もでるだろう
都道府県単位での経済圏が交通や地形をベースにした経済圏に移行することによる営業網と経済圏の相違もマイナスとなる
これらへの対応は2つ
1つは、というより最適解は合併による統合
つまり合併により従来の都道府県における地銀の役割を道州における地銀の役割へとそのまま移行していくこと
2つめは現在の信用金庫、信用組合の拡大版、統合版として従来のテリトリーで営業すること
1の合併統合の場合規模拡大とより権限、予算を拡大した州政府との取引は今以上の利益をもたらす
これに失敗して2の道をとった場合は今以上に苦しい道となる
地元密着の信金信組と比べ市町村への食い込みの無い地銀は各個撃破される可能性も大きい
もちろん統合拡大した場合もその商圏によっては都市銀行との競争は避けられないのだが.....
なんかえらく端折って話を進めちゃったけど...こんなんでいい?